死にたい人にお勧めの危険な政局 大正デモクラシー

・日本海軍の父なら大丈夫だろうと思っていたらシーメンス事件で贈賄が発覚した
・国会議事堂から徒歩1分の路上で尾崎行雄が頭を真っ赤にして演説していた
・足元がぐらりとしたので外を見てみると関東大震災で鈴木商店の手形が焦げ付いていた
・レーニンの本を持った無産者が襲撃され、目が覚めたら普通選挙法と同時に治安維持法が制定されていた
・東京駅で原敬に突っ込んで殺した、というか殺した後から高橋是清が首相を兼任する
・国会が護憲派に襲撃され、桂も「大隈も」全員批判された
・サラエボ事件から第一次大戦終結までの数年の間にアジア・アメリカ貿易が拡大した。
・好景気なら大丈夫だろうと思ったら、外の群集が全員米を求める主婦だった
・首相の1/5が超然内閣。しかも一般大衆が普選を求めているという都市伝説から「民本主義」を提唱
・「領土を失うわけがない」といって出て行った幣原外相が数日後四カ国条約を調印して戻ってきた
・「普通選挙をやれば批判されるわけがない」と就任した山本権兵衛が虎ノ門事件の責任をとって総辞職した
・最近流行っている犯罪は「テロ」 ナイフを手に持って総理に襲いかかるから
・東京から半径200キロは護憲運動にあう確率が150%。一度あってまた遭遇する確率が50%の意味
・大正時代における失政による辞職首相は平均6人、うち約4人が短命内閣。

223view


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2010-07-23 (金) 04:19:19 (2864d)