歴史のウソを見つけたい人にお勧めの合戦、長篠の戦い

・1万5000人の騎馬軍団なら大丈夫だろうと思っていたら3万5000人の連合軍に襲われた
・織田本陣から徒歩1分の設楽原で武田軍が頭から血を流して倒れていた
・歴史がぐにゃりとしたので教科書をめくってみると鉄砲3000丁が転がっていた
・騎馬で柵に突っ込んで倒れた、というか落馬した後から命とかを強奪する
・砦が徳川軍に夜襲され、信実隊も「松平隊も」全員殺された
・1573年から1575年までの2年の間に家臣の謀反に襲われた。
・実は武田軍の1/10が騎馬軍団。しかし後世の小説の武田騎馬軍団最強という都市伝説から「歩兵ほど危ない」(歴史から抹消される)
・「勝てるわけがない」といって出て行った武田軍が5分後酔っ払って戻ってきた
・「裏口から逃げれば襲われるわけがない」と長篠城から手ぶらで出て行った鳥居強右衛門が武田に処刑され2度と戻ってこなかった
・織田本陣から半径200mは鉄砲隊に撃たれる確率が150%。一度撃たれてまた撃たれる確率が50%の意味
・長篠における合戦による武田軍の死亡者は約1万2000人、うち約20人が山県らの名将。

278view


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2010-08-01 (日) 00:21:34 (2938d)