三国志演義のヨハネスブルグ、赤壁

・軍船を鎖で繋げば大丈夫だろうと思っていたら同じような規模の船団に放火された
・長江から徒歩1分の路上で蔡瑁が頭から血を流して倒れていた
・足元がぐにゃりとしたので良く見てみると雨で華容道がぬかるんでいた
・書簡で偽って降伏した、というか降伏した後から偽って荷物とかを強奪する
・老将が鞭で打たれ、蔡和も「蔡仲も」全員だまされた
・約束した日から3日後の最後の一晩で10万本の矢を奪われた。
・兵士の1/3が水戦未経験者。しかも人口湖での訓練で足りるという都市伝説から「本陣ほど危ない」
・「東南の風が吹くわけがない」といって出て行った旅団が5分後火だるまで戻ってきた
・「80万対3万で負けるわけがない」といって出て行った旅団が船酔いと湿気に苦しみ壊滅した
・烏林から半径200mは関羽にあう確率が150%。一度襲われてまた救われる確率が50%の意味
・赤壁における戦いによる死亡者は1日平均12000人、うち約2000人が黄巾党経験者。

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Last-modified: 2010-08-01 (日) 00:21:30 (2763d)