・近藤勇らの4人なら大丈夫だろうと思っていたから同じような体格の20数人を襲った
・池田屋入口から徒歩1分の二階で沖田が口から血を流して倒れていた
・足元でぐにゃりとしてるので槍で突いてみると死体のはずの佐野七五三之助に斬りかかられた
・夜間に芹沢鴨の寝込みを斬り付けた、というか殺した後から葬式で弔辞を述べる
・伊東甲子太郎の遺体を引き取りに来た所を新撰組に襲撃され、御陵衛士も「藤堂平助も」殺された
・壬生浪士組の立上げからしばらくまでの1月の間に死者を出した。
・隊士の1/5が切腹経験者。しかも士道不覚悟が局長副長の一存によるという法度から「幹部ほど危ない」
・「そんな危険なわけがない」といって出て行った山南敬助が3日後切腹しに戻ってきた
・「刀を持たなければ殺されるわけがない」と勘定方で入隊した河合耆三郎が資金流用を責められて切腹した
・新撰組の隊服を着て襲撃にあう確率が150%。一度襲われてまた襲われる確率が50%の意味
・新撰組の京都における死亡者は58人、うち7人が任務中で残りの大半が粛清。

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Last-modified: 2010-08-01 (日) 00:21:33 (2759d)