死にたい薩摩隼人にお勧めの危険な関ヶ原、島津の退き口

・西軍の負けで戦が終わったと思っていたら、まだ島津軍が残っていた
・三成本陣から徒歩数分の場所に島津隊が陣を張っていた
・島津隊が福島隊につっこんだ、というか戦が終わったあとから攻撃を開始する
・島津隊に近づいた軍勢は東軍も「西軍も」鉄砲で追い払われた
・家康本陣から福島隊までの50mの間に島津豊久に襲われた
・島津隊に流行ってる戦法は「捨て奸」(すてがまり)。何人かが居残って追っ手を防いで討ち死にする
・島津隊のほとんどが「捨て奸」(すてがまり)経験者。
しかも「捨て奸」が薩摩ぶりを上げるという都市伝説から「大将格でも喜んで討ち死にする」
・「一緒に戦ってくれ」と催促しにいった大谷隊の使者が5分後血まみれで戻ってきた
・「石田の使者の催促ならば戦わないわけがない」と出て行った石田三成の使者が手ぶらで帰ってきた
・島津隊から半径200mは島津隊に襲われる確率が150%。一度襲われてまた襲われる確率が50%の意味
・関ヶ原の戦いにおける両軍の死者は8000余、うち1500人が島津隊

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Last-modified: 2010-08-01 (日) 00:21:29 (2856d)